君がいないことは君がいることだな

「たとえば人権ってのはフィクションじゃないですか~」というとすぐ社会正義に熱い人から「このネトウヨめが!総括の上、死罪!」などと言ってくるわけだが、それは彼が「無謬の真理」を信じているからである。「無謬の真理」の前には「フィクション」はせいぜい下位の概念であって、究極的には唾棄すべき存在であるからだ。
だが、俺様が言ってるのは、すべては価値判断に従属するという点で真理などなく、その意味であらゆる概念や思想は等価である。いや、等価じゃなくても、せいぜい差異の範囲内っすよね。そういうことなのだ。そういう意味で自由、人権、平等などの精神がアプリオリに正しいものであるという思想は宗教と何も変わらない。根拠がないから。神秘主義を取り去った宗教である、ということもできる。神秘主義を取り払った宗教というのは厄介なもので、疑う余地を隠ぺいしている分、盲信度も高くなってしまうのである。
さて、真理などない。神も、民主主義も、自由も、世俗主義も、デカダンニヒリズムの焼き直しである。逃避せずに現実を肯定しよう。超人になろう。と言ったのは有名なニーチェさんであるけれども、ご存じのとおり、ニーチェさんは超人になどなれずに発狂して死んでしまいましたのである。現実は苦しい、しかし現実逃避はダメだ、よし現実と戦おう。負ける。これが我々の置かれてる状況であり、かなりどうしようもない気がする。屁のつっぱりはいらんですよ。